マニフレックス社の創業者、ジュリアーノ・マニ氏にお会いしたのは1989年のことですから、今から約20年程前のことです。同い年ということもあり、お互いすぐに打ち解けた間柄になったものです。
マニさんはイタリアではサッカーに次いで人気スポーツである自転車ロードレースのスーパースターで、とても知られた存在でした。お会いした当時、私はアディダスジャパンの代表者でしたので、この往年のスーパーヒーローであるマニさんとパーティーでお会いしたのです。
何年かを経て彼のプロダクト「マニフレックス」を深く知ることになり、マニさん個人だけでなく「マニフレックス」に驚きと敬意を以て傾倒してゆきました。
マニさんには恋女房ディアンナとの間に3人の息子がいて、息子たちは各々に家庭を持ち、孫もいて家庭的にも恵まれ、素晴らしい人生を築いてこられたといえます。
ところが昨年、ディアンナが急逝されました。62歳。癌でした。
ジュリアーノと3人の息子たちにとって、ディアンナの存在は計り知れない程偉大なもので、その悲嘆さは傍目にもどう話しかけたらいいのか。そっとしておいてあげ、時間が解決するのでは、と数ヶ月。そしてこの度ジュリアーノとファミリーをお訪ねし、お墓参りをして来ました。
ジュリアーノは喪に服しているのか、落ち込んでいるのか、口数も少なく、友人たちとの会食に一度も出席しない日が続いていました。
そんな時に私が顔を見せたので、大声で何時間も泣き、ディアンナの話を聞かされました。最初の出会いはディアンナ15歳、ジュリアーノは既に若手注目レーサー。まぁ、この話は何百回と聞かされていまして、私達は抱き合って語り合い、私も想い出多いディアンナのことでもらい泣きの連続でした。
驚いたことにジュリアーノは今夜パーティーをしようと言い出しました。
ファミリーの皆はびっくり。奥さんが亡くなって以来、初めて皆で一緒のディナーなのです。とても温かい夕食会でした。
マニフレックス社の業績は隆々としていまして、生産が需要に追いつかない程です。ジュリアーノは会長、社長は次男アレサンドロ、長兄ファブリチオは生産・規格・QC(品質管理)、三男マルコはマーケティングと分担していて良いチームです。
マニフレックス社、マニさんファミリーと日本の私達との信頼関係は強固であります。お互いを敬愛しつつ、これからも精一杯の努力を続けて参りたいと決意を新たにしています。
2008月5月8日 株式会社フラグスポート 代表取締役社長 山根 崇裕 |